青りんご
ちょっとした昼下がりの散歩。
平日のわずかな喧騒。
行き交う車の群れ。
そんなものの中に漂いながらの散歩。
じりじりと日が照り付ける。
久しぶりに顔を見せた太陽は鬱憤を晴らしているのか、春だというのに夏のような熱気が町を包
んでいる。
ほんとに、うだるような暑さだ。
「まったく、日焼けしちまうぜ」
帽子をいじりながら街角を歩く。
人影はほとんどなく、通行人はみな一様に、太陽がまぶしいのか下向き加減で歩いている
電気店の前を通りショーウィンドウの中のテレビで天気予報が流れているのに気づく。
テレビの中のアナウンサーは明日も今日のように一日いい天気になるでしょう。
などと、満面の笑みを浮かべてほざいている。
「…馬鹿だろ」
聞こえるわけもないが、この無責任に「いい天気」などといっているアナウンサーに言ってやっ
た。
周りを見ても、人影はおろか、犬猫さえもほとんど姿が見えない。
このむせ返るような熱気の中にいるのは、俺と、中は快適な空間にだと思われる車ども。
サラリーマンだと思われる男がちらほら、後はこの無責任な女だけだ。
オヤジは額の汗を拭きながら歩き、今日は暑い、などとつぶやいている
そんな動作に自分まで暑くなってきたような気がして、とりあえず俺は太陽から逃げるように近
くにあったスーパーの中に入った。
ちょっと涼めればよかったし、無責任な女のことなどはもう頭から消えていた。
「ここはすずしいなー」
スーパーの中は良く冷房が効いていて、熱を持った体を癒すように冷ましてくれる。
何か買おうということで入った訳ではないのだが、そういえば…と、食品が少なくなっていたの
を思いだしたため、ちょうどいいからと買い物をすることにした。
買い物篭を片手に持ち、食料品のコーナーを見て回る。
と、何か、なぜかは分からないが気になるものが視界に入った。
我ながらおかしなこともあるものだ、と確かめてみると、それは青果コーナーの一角にこじんま
りと置かれた青りんごだった。
青りんご。
青りんごである。
なぜこんなものが気になったのだろう。
別段、青りんごが好きなわけでもないのだが…
何か理由があるのではないのかと良く考えてみる。
「…あった」
思い出したのは先週に別れたばかりの彼女だった。
大学で一緒の授業を受けていて、いつのまにか惚れ、ついこの前、別れた。
その彼女の好きだったのが青りんごの香りだった。
「そういや、香水も青りんごだったけか…」
あまり好きではなかったが、と心の中で付け足しておく
それにしても、どうしようというのだろう?
これは買えということなのだろうか?
「なんかあいつのこと思い出して嫌なんだがなあ…」
あれは、散々な別れ方だったのだ。
思い出すのも嫌になる。
あれだけ熱中した恋はほとんど初めてといっても良かったのだ。
それを、裏切られるようなかたちで、終わらされてしまった。
そう思うと、青りんごが彼女のような感じがして、この果実まで恨みたくなってくる。
これが、“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”という事だろうか。
そこで、思いついた
この青りんごをあいつに見たてて食らい尽くしてみてはどうだろう?
想像してみると、なかなか楽しい。
猟奇的で、異常な感じもしたが、たまに気を紛らわすにはちょうどいいかも知れない。
そう決めた俺は、帰路についた。
籠の中には一個だけの青りんご
どうするかは俺の自由
俺の心は踊っていた
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