マヨヒガとコタツと、小さな幸せ
びゅおおおおおおおおおぉ……
「さ、寒いよおおおお!なんとかならないの!?」
「我慢しなさいよ!あんたからついてくるって言ったんじゃない!それにしても…寒っ!」
びゅおおおおおおおおおぉ……
ひゅうううううううううぅ……
マヨヒガの冬は比較的暖かい。
もちろん山の中なので、やはり他のところと変わらず寒いことは寒い。
だが、雪はそこまで積もらないのだ。
よって、マヨヒガは神社などに比べれば大分住みやすい。
まあ、それくらい住みやすくなければあの主がこんなところに居を構えることなどありえまいが。
「ふーむ、大分寒くなってきたな。そろそろ紫様も冬眠される頃かもしれない」
私、八雲 藍はこのマヨヒガの管理を任されている。
裁縫、躾、炊事に洗濯、掃除、風呂仕事、庭木の水やり、果ては侵入者の排除まで。
近頃は何かと橙が手伝いをしてくれるので多少楽になって……いるのかいないのかよくわからな
いが……
ともかく毎日毎日、何かと多忙なのである。
しかし、多忙とはいえ主である紫様にこのようなことをやらせるわけにはいかず、橙はまだまだ
未熟である為すべて任せるわけにはいかず……
結局は私が何とかする他には無いのだ。
人、それを、中間管理職という。
昔……そう、私がまだ幼かった頃には紫様が家事などをしてくださっていたものだが、近頃はも
うそんな面影などどこにも無く、ぐーたらぐーたら寝てばかりで私はあれは幻想だったのかと思
えるようで……
いかんいかん。
式として、主の愚痴をこぼすわけにはいかないのだ。
「あー、テンコーしてぇ…………はっ!」(汗
慌てて辺りを見まわす。
ネズミ一匹も見逃さないように、目を皿のようにして。
特に誰かいるような気配は無かった。
危ない危ない、疲れが溜まっているのか、ついつい爆弾発言をしてしまった。
「藍さまー!」
ビクッ!
橙の声。
危ないところだった。もう少し早かったら私の式生は終わっていただろう……
背筋を冷や汗が流れるのが分かる。
ギギギ……とさりげなく首を回すと橙が外から帰ってくる所だった。
……外から?
そういえば橙には買出しを頼んでいたのだった。
「おー、お帰り橙。ちゃんと頼んだもの買って来れたか?」
「大丈夫だよ、はい!」
橙が背中に背負った大風呂敷を下ろして私に渡す。
一応、早速結び目を解いて中を確認してみる。
ちゃんと頼んだものは全部揃っていた。
忘れ物は無いようだ。
「ふむ……揃ってる揃ってる。よくやったぞ、橙」
頭をナデナデしてやると、橙は目を瞑って嬉しそうにしていた。
丸っきり猫の反応である。
「にへへー。あ、藍さまはこんなところで何してたの?」
それはもう、うさばらしのテンコーに思いを馳せて……ってそんな事言えるか!
「それは……お前の事が心配で外で待っていたんだ。決してよからぬ事なんて考えていないぞ。
これっぽっちも」
「んー? まあいいや。それよりも外のほう、もう雪ふっててね寒くて飛んでくるのが大変だっ
たよー」
「ほほう? 外はもう雪まで降っているのか。……して、どれくらい積もってた?」
「それが、雪が降りすぎててよくわからなかったの。目の前三メートルも見えなかったから」
それは吹雪だ。
橙が買ってきたものを整理して、そろそろ夕食の準備にでも取り掛かろうかという午後。
「ねーねー、藍さまー」
「ん?夕餉はこれから準備するところだぞ?」
「もー、そうじゃないよ。そろそろ寒くなってきたんだしさ、コタツ出そうよー。その為に炭も
買ってきたんでしょー?」
なるほどコタツか、すっかり忘れていた。
何しろあまり腰を落ちつけることが無いので、綺麗さっぱりと頭の中から消えていたのだ。
「すまんすまん、忘れていた。よし、さっさと出しておくか」
「やったー♪」
「……どこにしまったかな」(汗
押入れ…は違うだろうし、倉だったかなぁ? いや、まさか…隙間?
「藍さまどうしたの?さっきからうんうんうなっちゃって」
「いや、去年どこにしまったか度忘れしてしまってな……」
「倉にあったよ」
意外だ。
橙が覚えているなんてこれっぽっちも思ってなかった(酷
「わ、凄く意外そうな顔してる!」
(ビクッ)「いやいや気のせいだよ。コタツの在り処を覚えてたぐらいで、私が橙に向かって意
外そうな顔をするわけが無いぢゃないか」
「むー」
「それにしても、私が覚えていなかったのによく覚えてたな」
「ううん。覚えてはなかったよ」
疑問符。
どういうことか全く意味がわからない。
覚えてはいないけど倉にある?
橙はコタツの居場所をリアルタイムで感知しているとでもいうのか?
……あり得るかもしれない。
なにせ、冬の橙は何かといってコタツに張りついている。
掃除をしようとコタツを持ち上げると中から橙が出てくるなんて日常茶飯事なのだ。
それほど橙はコタツが好きなのだ。
何か、そういう符でも使って感知しているに違いない!
「このまえね、どうせ今年も使うんだろうなって思ってどこにあるか調べておいたの」
さいですか。
深読みしてしまった自分が阿保らしい。
「倉か…久しぶりに開けるな」
「ぬふふふふ…。コタツコタツー♪」
「出す前からはしゃぐな。出してからならはしゃいでもいいから」
「はーい」
マヨヒガの倉は母屋の裏のほうにある。
紫様の隙間とか、しまうところはいくらでもあるだろうに何故に倉があるのかというと、だ……
まず、隙間を使うということは紫様が起きている必要がある。
紫様は一日の殆どを寝て過ごしている為、有効な使いかたが全くできないのだ。
それに、実はそれだけではない。
以前このようなことがあった。
それはいつぞやの大掃除の時の事……
「次はこれをお願いしますね」
「はいはい」
という風に、余り使わないものや一時しか使わないものを紫様の隙間にしまっていた。
去年までと同じように掃除していたのだ。
だからいつも通りだと思ってやっていたのに、それは起こった。
大掃除も無事に終わり、私も紫さまも寝静まった頃。
「くしゅん」
どがぁああああん!
隙間の許容量を越えてしまっていたのだろうか、紫様のくしゃみによって隙間が開きそこからし
まっておいたものが一気に噴出したのだ。
紫様はもちろん、一緒に寝ていた私もきっちりと押しつぶされた。
あれは生臭……いや、重かった。
そして私は、あの悲劇を二度と起こすまいと、他の仕事をほったらかして倉を完成させたのだ
った。
「どーしたの藍さま? 涙でてるよ?」
「え? ははは、なんでも無いよ」
「? 変な藍さまー」
ごしごしと涙を拭く。
いつのまにか泣いていたとは、まだまだ修行がたりんな。(人生の)
「あれ? 藍さま、なんかおかしいよ? ほら、倉の方」
「ん?」
橙の指差した方向を見ると、もちろん倉がある。
いや、それだけではなかった。
「これは……人の気配?」
「もしかして、外から迷い込んできたのかな?」
紫様はまたどこかに隙間を作ってきたのか?
他の妖怪に捕られてしまうからやめなさいというのに……
「まあいい。ふむ、ちょっとおもてなししてやるか。何がなんだかわからなくて混乱してること
だろう」
「りょうかーい」
二人して遁甲しながら、こっそりこっそりと気配に向かって近寄っていく。
前言撤回。
そして、全力で排除することに決定。
「何をやっとるかお前らああァ!」
「わ!見つかった!」
「え?え゛!?」
そこにいたのは紅白と人形遣い。
倉の南京錠は見事に壊され、人形遣いの押している台車に紅白がせっせせっせと倉の中のものを
乗せていた。
台車はもう、押すことができるのか?というくらい道具が積み込まれている。
ちなみに、この蛮行を目にして橙はポケーっとしている。オーバーフローしてしまったようだ。
「しかし、よくもこんなに盗ろうとしたものだな。…お前等舌切り雀の話知ってるか?」
「あら、知ってるわよ。大きなつづら、小さなつづらでしょ? でもここマヨヒガだし欲かいた
者がいい目見れるのよ?」
「……いいか橙、こういうのを泥棒って言うんだ。こんなんになったら行く行くは凶悪な犯罪者
になって指名手配されて孤島の監獄に入れられて強制労働するハメになってその内その苦痛に耐
えられなくなって自殺するか脱走しようとして撃ち殺されるのが行く末なんだ。だから間違って
もこんな人間の屑のようになっちゃダメだからな」(ヒソヒソ)
「こらそこ、なにあらぬ事吹きこんでるのよ!」
「五月蝿い泥棒。神妙にお縄につけい!」(ビシィッ)
「ど、どうするのよ霊夢!」
「そんなの決まってるじゃない!」
「逃げるのね! 準備はOKよ!」
「弾幕ってこいつらを黙らせちまえば、後ぁこっちのものよ……」(ニヤリ)
(……うわあ、目が据わってるぅ)
言うが早いか、襲いかかってくる巫女(疑問系)
勝手に家のものを取られたのではたまらない。
こちらも全力で反撃する。
そのうち、双方動きやすいように戦場は空中へと移動する。
途切れることなく針と霊弾が襲ってくる。
それは上より、下より、右より、左より、前より、後ろより……
ここから見える光景は、まるで鋭い花が私を捕まえ様とその花弁を閉じてくる様。
捕まらぬよう、後ろに下がりながら避ける、避ける。
背後より私を狙っていた霊弾が脇を掠める。
当たりそうな針を強引に力で軌道を反らす。
反撃を与えぬ、といった激しさだった。
「だが甘いッ!」
こちらも撒き散らすようにクナイを投げ、霊弾を繰り出す。
双方互いに、針とクナイが、霊弾と霊弾が打ち消し合う。
「このっ! たかが式神のくせに、生意気よ!」
「ふん! たかが巫女如きに、負けるものか!」
戦いはスペルカードを交え、止まることなく白熱していく。
すぱーん…どごーん…
「綺麗だねー。まるで花火みたい。」
ひゅるひゅるひゅる…じゅっ…
「うん、確かに綺麗だわ。とんでもなく危ないけどね」
(今のうちに逃げちゃおうかなぁ。でも、逃げたら霊夢怒るだろうなぁ……どうしよう?)(汗
「「お前等!さっさと戦わんかぁ!ボケェェェ!!」」
「「はっ、はいいいぃ!!」」
そして結果。
「納得いかない……絶っ対に納得いかない。なにがなんでも納得するもんですか!」
「フフフ、私の家を守ろうという気持ちがそれだけ強かったということだ! 物取りの気持ちな
ぞには負けぬさ!」
私は巫女を仕留めることに成功した。(かなり危なかったが)
巫女はぼろぼろの状態で地べたに座りこんでこちらをにらんでいる。
……ぼろぼろなのは私も一緒だが。
ともかく、これで前回の借りは返した。
「「で、おまえら…結局遊んでただろ」」
「「え、えー? なんの事かなあ?」」
「あれほど……あれほど手伝えと言ったのにおまえという奴はぁ……」(わなわな
「た、多分藍さまの気のせいじゃないかなぁ? ほら、藍さま余裕なかったし。それに私のレベ
ルじゃ近づくこともできなかったの」(上目遣い
「う、うぅ……まあ、橙が言うなら、そういうこと……かな?」
「でも、でも、こんな役に立たない式神、藍さまにはいらないよね……」(しょんぼり
「そっ、そんな事はない!おまえはよくやってくれたぞ!」
「ホント?」(上目遣い
「ああ、ホントだ」
「ホントにホント?」(上目遣い
「ホントにホントにホントだから……これ以上聞くな」
「やったあ!藍さま大好きっ!」(喜
「こ、こらこら、抱きつくんじゃない」(幸
ウフフ、アハハ
「……なに? あれ」
「さあ?」
「で、私はアレみたいに甘くはないわよ?」
「いや、私はホントに大変だったんだってば!今日はほとんど人形持ってきてなかったんだし!」
「なにぃ〜? 聞こえんなぁー!!」
「っきゃー!?」
閑話休題
「で、あんたさっき気持ちの勝利って言ったわよね」
「……確かに言ったが?」
「なるほど。ということは、主を守ろうって気持ちの方が弱かったって事よね」
「ぐあ……」
痛い所をついてくる。
意識して気にしないようにしてたのに……
「あの隙間妖怪に言いつけちゃおうかなー?」
くっ…卑劣な……!
「何が言いたいかは、言わなくてもわかるわよねぇ?」
「しかし、お前は弾幕ごっこで負け……」
「職を探して幻想今日中を歩きまわるのと、ここだけの秘密にしてのんびり暮らすの、どっちが
いいのかな? 私は別に負けたこと言いふらされてもいいのよー? ま、その時には私にも考え
があるけどね」
「う、ううぅ……」
これではどちらが勝ったか分からないではないか!
いや、私は戦う前から既に負けていたということか……
「分かったよ。これでもやるからさっさと帰ってくれ! 頼むから」
と言って懐から出したものを投げてよこす。
「ん、素直でよろしい。ってなによこれ! ……まあいいか、小物は小物なんだし。そ・れ・と、
服ぼろぼろになっちゃったのよね。実は私、今日は着替え持って来てないの」
「それは知らん」
「外とんでもなく寒いのよ?」
「それは知らん……ことはないが、やっぱり知らん」
「バラすわよ」
「あんがとねー」
「二度と来んなー!」
(霊夢、今日は一段と輝いてるわね……)
(藍さま、今日はかっこ悪い……)
結局、紅白巫女は片手に小物一つ、もう片方にぼろぼろになった自分の服を持ち、私の法衣を着
て帰っていった。
私がなにをした……
「藍さま藍さまー。早くコタツ出そうよー」
「おお、そうだったな」
弾幕ごっこのあおりを受け、ボロボロになった倉を見上げる。
「なに見てるの? まあいいや、先に入ってるね」
明日は、修理で一日が終わりそうだな。
たまった疲れを表すかのように、盛大なため息がでた。
「んー、あったかーい。やっぱり冬はコタツだね、藍さま!」
「こらこら、あんまり深く潜るなって。火傷してしまうぞ?」
「大丈夫だよー、気をつけるから」
「やれやれ……」
と、そこに誰かがやってくる気配。
「あら、コタツ。もうそんな季節なのね」
「あ、紫様。食事の用意はこれからなので、まだ寝ていてもいいですよ?」
「魅力的だけど、遠慮しておくわ。久しぶりにコタツにも入ってみたいし」
「そうですか。では、私は準備して来ます」
夕食の準備を終えて戻ってくると、そこにはコタツに入ったまま涎垂らしてる橙と、見事な鼻ち
ょうちん作ってる紫様の姿があった。
手にしたお盆に載っている夕食が、むなしく湯気を上らせる。
「はあ……まあいいか。わざわざ起こすのもなんだし、私もご一緒させていただくとしよう」
二人と同じようにコタツに入る。
疲れていたせいか、間を置かず心地よい眠気がやってきた。
夕食が冷めてしまうなー…とか思いつつ、藍も夢の世界へと沈んでいった。
所変わって博麗神社。
「しっかし、凄い吹雪ね。あー寒」
「困ったわね……」
「? なにが困ったのよ?」
「いや、帰るの大変だなーって……」
「あら、そんな事? いいわよ。泊まっていきなさいよ」
「……ホント?」(上目遣い
「それはやめなさいって……結局、貰えた小物はこれ一つだったしね。一晩だけあなたにも体験
させてあげるわ」
「ありがと、霊夢」
「こら!抱きつくなってば!」
隣にいる霊夢は既に寝ていた。やはり、今日は負けたのでいつもに増して疲れていたのだろう。
可愛い寝顔だ。
「これも、この小物のおかげかな?」
枕下に置かれた、『めいどいん香霖堂』と書かれた札の付いた藁人形をつんつんとつついて、ア
リスも寝ることにした。
『おやすみなさい』
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