水辺で私は歌を歌う
霧に紛れて私は歌う
霧がなければ見えてしまうから
私は人とは違うから
「あ、やっぱりここにいた」
森の道を抜けて滝へ。
滝の端っこではローレライが岩に腰掛け歌を歌っている。
っていっても霧が出てるからほとんど輪郭しか見えないんだけどね。
「おはよう、ローレライ」
私が脇まで行くとやっと気づいたのか、わっと声を上げて振り向く。
「お、驚いたぁ……いつの間に来てたの?」
「ついさっき。毎朝精が出るね」
「まあね、思いっきり歌えるのが楽しいし」
秋に入ってからローレライは朝ここで歌を歌ってる。
なんでも、
「こっちなら大きな声だしても村のほうには聞こえないし、誰にも見られないから迷惑もかから
ない。何より外で歌うのが気持ちいいの」
ということらしいの。
まあ、ぶっちゃけていうと「他の誰かに歌を聞かれるのが恥ずかしい」ってことだったんだけど
ね。
前、倉で歌ってたとき人が来ちゃったことがあったの。
その時は私が歌ってるってことにしてなんとかごまかしたけど、すごく焦った。
ローレライもそれがあってから歌いたくても我慢する様になっちゃった。
他の人に見られるのは困るからそれはそれでよかったんだけど、やっぱりローレライは歌うこと
が好きみたいでちょっとストレス感じてるようだったのね。
あんまり疲れた顔するもんだから、なんとか歌えるところはないかなって二人で考えてみたの。
私もローレライの歌聞きたかったしね。
で、二人で一日中考えて、結果ここに決まったって訳。
おねえちゃんはここのこと知ってるけど、約束したから心配ないし。
……ローレライはおねえちゃんにもあんまり聞かれたくないようで、朝にしか歌わないんだけど
ね。
かくして、ローレライは朝ここで歌うようになりました、と。
だから近頃は倉は眠るだけの場所になってる。
秋に入ったっていってもまだ日中は暑くてあんな場所にいたらとろけてしまいそうだもの。
それに、あそこに二人入るのはちょっときつくなってきたの。
何故かっていうと、ローレライが大きくなったから。
そう、大きくなっちゃったんだよね……私より。
……確かに私はあんまり背高くないけど、なんか悔しいよね自分よりちっさい子に背を越される
って。
でも、ここまで大きくなったんだなっていう感慨もあるの。
うーん、複雑。
お母さんも私を育ててるときってこんな気分だったのかな?
っていっても私はまだお母さんを越せてないんだけどね。
「で、何?その右手に持ってる本」
私が持っているのは「ローレライの歌声(簡約版)」
「今日はこれを読むって言ったじゃない?」
「それって……昨日?」
「んー……確か一昨昨日」
「……そんなの覚えてるわけないって」
苦笑いしながら本を受け取るローレライ。
私はローレライの隣に腰を下ろす。
「もう、ほとんど読んじゃってるんだよね。これ」
「ほんとにそうかなー?」
むふふふ。
怪しい笑みを私は浮かべる。
と、本の表紙をめくって動きが止まるローレライ。
表紙をめくった1ページ目には線と記号、あとは外国の文字とその下に発音を書いた平仮名が並
んでいる。
ローレライにはわからないだろうけどね。
「この本……偽物?」
「そんなことないよ。それは本物。次のページをみればわかるよ」
「あ、ほんとだ。」
「増えてるのは最初の一ページだけで後はそのままだよ。」
ぺらぺらとめくって変わりがないことを確認させる。
「んじゃあ、この一ページはなんなの?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!この一ページはこの元の本に書いてあったもので、楽譜っていう
の」
えっへんと胸を反らして言う。
「……ふーん」
「……いや、ふーんって、他になんか言うことないの?」
「だって、結局これがなんなのかわかってないし」
そっか、説明しなきゃわからないの当たり前だよね。
しっぱい、しっぱい。
「楽譜っていうのはね、歌の歌い方を書いたものなの。ここはこう歌いなさいって」
「歌って自由に歌うものじゃないの?」
「うーん……そういうのじゃなくて……えと……」
うう、説明って難しいよう。
「本に、歌い方を教わるっていったらいいかな……? ほら、私も歌教えたりしたでしょ?」
「あー、かごめかごめとか? でも、本って喋らないじゃない?」
「ちゃんとした読み方があるの。まあ、私もおねえちゃんから教えてもらったんだけど……」
ローレライはふーん、とわかったようなわかってないような。
「んじゃあ、これってどう読むの?」
線の上に並んだ記号を指差す。
「これはね、音の高さと長さを表してるの。この場所ならこの高さだよ」
私は、「あー」と声を出す。
それを真似てローレライも同じ高さで声を出す。
「うんうん。ばっちりだね。で、これが上の方に動いていくと音の高さも高くなって……」
二人して頑張って読み方を覚えて、一つずつ練習していって……
私もローレライも時が経つのを忘れて歌の勉強をしていた。
だから、気づいた頃には既に辺りは暗くなりはじめていた。
「わ、いつのまにか夕方になってる!」
「わ、ほんとだ。気がつかなかった」
空は赤く、いつもならそろそろご飯を食べている頃かもしれない。
そんなことを思ってると「ぐー」とおなかが鳴った。
二人して顔を見合わせ、声を出して笑いあう。
「そういえば、昼ご飯も食べてなかったんだね私たち」
「あはは。一日中歌ってたからおなかの虫も時間忘れてたんだね」
「んじゃ、そろそろ帰ろっか」
「そうだね。じゃあ、今日のところはこれでおしまい」
私がそう言うと、ローレライは笑顔で
「おなかもすいたしね」
「また明日ねー、お母さん」
「うん。また明日ー」
倉に入っていくローレライを外から見送る。
もう日も沈んじゃって、すっかり辺りは夜になってた。
ちなみに、ローレライは今日はご飯は我慢するんだって。
なんか色々我慢強い子に育っちゃったなぁと思うけど、それはそれで嬉い。
帰ったら多分お母さんに怒られるだろうなー「こんな時間までなんで出歩いてたの!」って。
うーん……ちょっと気が重い。
まあ、帰らなくちゃご飯にもありつけないし、さっさと帰ろっと。
そんなことを思いながら家に向かう道を一人歩く。
と、なんかおかしいとおもって立ち止まり、周囲を見まわす。
「なんか……」
あたりが、暗く思えた。
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