影炎
夏のうだるような暑さは身を焦がす様で私は好きになれない。
かといって、クーラーのような人工的な涼はどうにもなじめず……結果としてこんな木の下に私
は居るのだった。
結局枝の隙間から日の光は漏れてくるのだが、それでも揺れ動く影はクーラーより自然で趣があ
る。
それは十分、涼というものに足る。
しばし横になってゆったりしていると、となりに誰かが腰掛けた。
もしかしたら彼女だろうか?
投げやりな予想をもとに薄目を開けて確認するが、知った顔ではなかった。
いや、もしかしたら私が忘れているだけなのかもしれないが……
しかしだ……隣に座るということは相手は私を知っているということなのではないだろうか?
やはり相手は私の知っている者なのかもしれない。
そもそも先程は薄目で見たのだ。
はっきりと捉えられていたかと言われると自信がない。
今度はちゃんと目を開けて相手を見る。
……駄目だ、やはり覚えが無い。
というか、私に気がついているのだろうか?
さっきから向こうばかり見ていて一向にこちらを向かない。
それは私が無視されているようで無性に居心地が悪い。
これでも多少は自信があるのだが……いや、それは関係無いか。
大体なんだ?
見知らぬ人の隣に座ってこいつは何をしたいのだ?
木陰ならばそこかしこにあろうになぜここに、しかも私の隣に座る?
いいかげん問いただしたくなってきたところで
「ここは、涼しいでしょう?」
理解に苦しむ。
なぜ同意を求めるのだろう?
よく解らないやつはあまり好きではない。
だから
「そうでもない。ここは暑い。」
そう、こいつの所為ですでに涼と言うには程遠いものになっている。
私は静かに一人でここにいられればよかったのだ。
「そうですか? 私にはとても涼しそうに見えたんですが……」
ちゃんと見ていたのか。
わかっていてこうしていたこいつがなにやらすごく憎たらしい。
「そう見えるか? ほら、汗だって出ている」
私は手を団扇のように扇いでみせる。
「ふふ、本当ですね。もうべとべとだ。」
「……なんだその言いかたは。むしろ、お前にはそんなことはわかるまい?」
「触れば解りますよ。……触ってもいいですか?」
本当に理解できない。
「いいわけが無いだろう。それともなにか? 私に触ってみたいと言うのが本音か?」
「ええ、まあそうです。」
言い切ったか。
ここまでくると清々しいが、それはそれこれはこれだ。
「不愉快なやつだな。大体に、お前は誰だ? そこまで大胆なやつを私は知らない。」
「それは答えないのがルールというものです。私だってあなたの事は知らないし、なにより知っ
たところでどうということも無いでしょう?」
……確かにその通りだ。
知ったところでそれはなんの意味も為さない。
ただ、名が確定するだけで得るものは何一つ無い。
「でも、そのうち解ると思いますよ。あなたはなかなか賢しい人のようですから。」
「その言い方は癪に触るな……まあいい。質問をかえよう。」
「ふむ、何を聞きます?」
「お前は何をしにここへ来た。私に触るというのは後でできた目的だろう? ……あとその笑顔
はやめろ。」
「最後は質問ではない気がしますが、気にしないことにしましょう。あと、その目怖いですよ。
」
「五月蝿い、わかっていてやっているんだ。さあ、さっさと答えろ。」
こいつと話していると頭が痛くなる。
さっさと終わらせてここから離れたい。
「せっかちな人だ……目的は、迎えですよ。あなたの御迎えです。」
「迎え?……私はまだ死んではいないぞ。迎えが来るには早過ぎる。それに、そうだとしてもお
前みたいなのが迎えだなんて認めん。」
「あはは、違いますよ。迎えというのはそういう事ではありません。そもそも、死んでも向かえ
なんてきませんから。」
「夢の無いやつだ。……で、私をどこへ迎えるつもりだ?」
「真実の世界へ。夢の殻をやぶり、あなたのあるべき幻想と結界の世界へ……」
「フフフッ、前言撤回だ。なんだその夢に溢れた説明は。その世界の方がよっぽど夢らしいぞ?
」
「そうですか?あなただってこの世界はあなたのいる世界ではないとわかっているはずですよ?
」
「ほう?その、証拠は?」
「あなたは今、この世界を居づらく感じている。」
「証拠不足だ。その真実の世界が私にとって居づらくないなど保証するものが無い。」
「困りましたね……体験入学はできない仕組みなのですよ。」
「ならば私はこのままでいい。今が夢の世界だとしても、ここは甘いだけの世界ではない。充実
しているよ。」
「ふむ……やはりあなたは賢しい人だ。自分にあった世界というものを自分で選んでいける。な
により、私の思い通りにならない。」
「まあ、その通りだ。もしお前が親切心で言っているとしても、まだ私はその気にはならない。
」
「仕方がないですね。とりあえずは諦めましょう。……その気なら案内役を買って出たかったの
ですが。」
「生憎だったな。」
「まあ、その気になったらまた会いましょう。何人でも受けつけますのでご友人と一緒にでも…
…」
そう言うとあとは何を言うことも無く、そいつは何処かへと消えていった。
少しは、涼しくなっているかもしれない。
目を開けると、彼女の顔がすぐ近くにあった。
目と鼻の先というのはこんな感じだろうと冷静に考えている自分がいる。
「あ、やっと起きた。もうそろそろ夕食だって呼んでたよ?」
どうやら、私を探しに来たらしい。
枝葉の間の空に目をやると、すでに赤く染まっていた。
いささか涼みが過ぎてしまったようだ。
「もうこんな時間か。……それより、近づきすぎだ。私にそんな趣味はないぞ。」
「うーん、残念。」
……いや、その気だったのか?
とすると、もしかして私は貞操の危機だったと?
いや、多分冗談だろうが……こいつならやりかねないと思ってしまうのは私が汚れている証拠な
のだろうか?
「でもこんなところで眠るなんて物好きだよねー。この木なにか出るって話じゃない、おばあち
ゃんに聞いたんだけどさ?」
「そうなのか。でもあれだ、ここは涼しくてなかなかに過ごしやすいぞ。」
「……それは何か出るから涼しいってことじゃないよね?」
「フフッ、さあな。」
さてと、と私は立ちあがり帰路につく。
「話し相手ぐらいにはなりそうだ。また来よう。」
「なにそれ?独り言?」
私たちの居場所は、まだここにある。
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