私は昔から本を読むのが好きだった。
何をするときも傍らには本が置いてあった。
たとえば食事のときには私の椅子の隣には本専用の台が置いてあり、それの上に本をのせていた。
ベッドでも私と本は手を伸ばせばすぐ届く距離にあったし、それは水浴びのときも例外ではなか
った……読むとは限らなかったが。
端から見ればおかしかったのだろうが……私と、私の近くの人間はそれを何ら不思議に思うこと
は無かった。
というのも、私も理解していたからなのだ。
私の体は産まれつき病弱で、外で遊べるような体ではないということを。
勿論、初めてそれを知らされた時には嘘としか思えなかった。
私は病気持ちではあったが歳相応の元気な娘であり、そのときは体を動かすことがなによりの楽
しみだったのだ。
父も母も私を溺愛するあまり外に出したくないのだと、そう思って家の人間の目を盗んで屋敷の
外に出た。
裏口から隠れる様に抜け出し、門を乗り越え、私は丘を走った。
どれも素晴らしいものだった。
数えるほどしか門の外に出たことがなかった私には―――初めて、一人で走りまわって見たそれ
らはどれも感嘆に値するものだった。
私の髪をなびかせ吹きぬける風。青々と生気を感じさせる草木。目の醒めるような一面の青空に、
その中で光を放つ明るい太陽。
私が正しかった。外にはこれほどまでに素晴らしいものがあるではないか。
私は、自然の雄大さに酔いしれたいた。
しかし、しばらくその下にいると状況は変わった。
照りつける太陽に私の皮膚は赤くなり、ひりひりと痛み出した。
それが日のせいだと理解すると慌てて私は木々の影に駆けこんだ。
ぜい、ぜいと肩で息をする私に風が吹きかけてきた。
優しい風は赤く火照った体を冷ましてくれた。
息も落ちつくかと思ったとき
けほ、けほっ
こんな時に、なんで? そう思った。
咳は止まることもなく、段々と息苦しくなっていく。
けほっ、ごほっ、ごほ
そして気付いた。
風に砂が混じっている。
そう、砂塵を含んだ風が喘息の発作を引き起こしたのだ。
なんということだろう。
私にとって明るく世界を照らす太陽は身を灼く炎であり、木々を揺らすさわやかな風は緩々と命
を絞める縄なのだ。
私は、この美しく、生命に溢れた世界と相容れないのだと深く思い知らされた。
自然に突き放されたのだと思うと涙が出てきた。
喘息のせいで息が苦しいのか、泣いているせいで息が苦しいのかわからなかった。
どうしようもなく、苦しかった。
結局、私は母親に見つけられるまでそのまま木にもたれかかり涙を流していた。
それから私は、外で遊ぶことはしなかった。
母も父も、そんな私を十分に気遣ってくれた。
たまに旅に出る父はその旅先から珍しいものを持ち帰り、私を楽しませてくれた。
母はそれまで以上に本を読み聞かせ、よく遊びの相手もしてくれた。
十分対策をしなければいけなかったが、外にもつれていってもらえた。
そんな生活を続けるうちに、私もこれでいいと思うようになった。
どうしようもないと諦めてしまったことも一つではある。
だがそれはすでに小さなことだった。
本を読むのがどうしようもなく好きになっていたから。
|