ある晩、私は仲間と泊まっていた宿から抜け出し、夜の町を歩いていた。
別にパーティから抜けようというわけではなく、ただの気分転換のつもりだ。
そのため、普段着込んでいるローブも着ておらず、背中には私の種族の特長とも言える翼が畳
まれているのが見える。
私は、寝付けなかった。
目が冴えて、どうしても寝れるような状態になれなかった。
寝たほうがいいというのは解っていた。
今日は仲間たちと死と隣り合わせの冒険を終えた後なのだから。
体は相当疲れており、いい加減安物でもいいからベッドで寝たいと言っていた。
しかし、頭はその体の訴えを無視して眠らせない。
今日はその冒険の中で、疲れなど気にならないような……もっと私の心を揺さぶるような出来
事があったから。
すでに深夜。
ほとんどの人間は寝静まっているんだろう。
夜の町は静まり返っていて、人の姿は見えない。
もっとも、居たとしても、空に浮かぶ半月と瞬くばかりの星しか明かりとなるものがないため、
見つけるのは難かしい。
そう考えると、散歩という軽い気分で出てきたのは軽はずみだったかもしれない。
もしも今何かに襲われたとしても、得物である銃は仲間たちの所へ置いてある。
私は魔法も使えはするが、私の使える魔法の中には相手を傷つけるような魔法は無い。
でも、多分大丈夫だろう。
いざとなれば空へ逃げればいい。
よほど……私個人に用があるわけでなければ、危険は無いはず。
私はそう思いながら、街外れの小高い丘を目指して歩いていく。
そこからは多少、星が近く感じられた。
丘のそびえる木の上に座る。
葉についていた夜露が落ちてきて、少しだけ冷たかった。
昔から私は翼のおかげで高い所に行くことが出来たし、その所為か、高い所が好きだった。
何か悲しいことがあったりすると家からちょっと離れた、村の真中に在った巨木の天辺で泣い
ていた。
友人たちと高い木の上で、自分の行く末を子供なりに語り合ったりもした。
一人で考えたいことがあった時、今のように、星の近い所で考えていることがよくあった。
今は、パーティーのこと、お父さんのこと、自分のこと、これからのこと……考えたいことが
いっぱいあった。
全部が、今日の出来事に起因することだった。
そう、今日の、あの魔物の衝撃的な言葉に……
私たちのパーティーはある敵の組織を追っている。
もちろん、パーティーのメンバーはその組織と何らかの関係があった人たちだった。
組織に人工生命として作り出された人。
組織から逃げ出した人工生命の人を拾い、共に組織と戦うことを決意した人。
元々はその組織のメンバーだったという、今は記憶を失っている人。
でも、私だけは違った。
私はその組織とは何の関係も無くて、ただそこに居た冒険者だった。
もちろん、冒険者になった目的はあったし、それが普通の冒険者とは一風変わっているのもわ
かっていた。
でも、そんなことは関係なく、私は神殿の依頼で彼等とたまたま一緒に仕事をした冒険者だった。
今日の一件がある以前は……
『あなたの父上は、我等の総統なのですよ』
あの魔物は、確かにそう言った、私をしっかりと見据えながら。
私のお父さん。
私が16の時に突然姿を消してしまったお父さん。
そのお父さんが、あの組織の首領?
私は、どうすればいいのだろう?
敵の首領の娘。
そんな者をこれからもパーティーの一員としてあの人たちは受け入れてくれるのだろうか?
いや、そもそも……
私は、これからもあの人たちと一緒に旅を続けていくのだろうか?
私の目的……
どうすれば一番よいのかは、分からない。
でも、せめて悲しみたくは無いと思うのは傲慢だろうか?
仲間と冒険を続けていれば、いずれ会えるのではないかと思う。
果たして、そうなった時自分はどんな行動をしようとするのだろうか?
自分が……怖い。
ならば、そうならぬようにするのも、一つだろう。
でも…………
このままではキリがない。
私は行き詰まった思考をリセットするため頭を振ると、枝の上に立ち上がった。
高い所から見る世界は、本当に広い。
この広い世界の中に、まだお父さんが居ることがわかった。
それだけでもいいじゃない。
たとえ、向こう側だとしても、それがどうなるかはわからないんだから。
もう一度自分に問うてみる。
あの人たちと旅を続けていけるのか?
今は……続けていきたいと思う。
続けていきながら、考えながら進んでいきたい。
さて、宿に戻ろう。
鳥が逃げた!
なんて言われないように。
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