−Stage0.秋の黄昏−
−0−
幻想郷は例年と同じように秋に入った。
一年に一度のこの季節を皆、それぞれがそれぞれのやり方で謳歌していた
あるものは夜な夜な血を吸い
あるものは秋特有の長く深い、天然物の暗闇をのんびりと出歩いて
あるものは山の実りを楽しんで
あるものは霧の立ちこめる朝を見下ろして
己の有意義なように、いつものように
そう、何もかもがいつも通りの秋
その異変は唐突だった
−1−
ヴワル図書館の司書、パチュリーはいつものごとく昼も夜も関係なく本を読んでいた。
読書の秋だから……というわけでは無いとは本人の弁だが、積み上げられた本の数はいつもの数
倍の標高になっている。
わかっていてやっているのか、無意識なのか……
なんにしろこの数は、読書の秋といえども呆れかえってしまう事は容易に予想できる。
そんな昼なのか夜なのかもわからないある時、テーブルの上のカップがカタカタと音を立てた。
図書館というのは静寂がウリの一つである。普通の図書館ならどこの図書館でも同じこと。
そして、明らかに普通でないヴワル図書館と言えどもこれは例外ではなかった。
本を読む時間というものは静寂を最高の友とする。
そのために、たとえ友人であり恩人であるレミリアといえどもここには歩いて来させているのだ。
だからパチュリーはその音が酷く気になった。
しかし、同時に疑問が涌き出てくる。
なぜカップが揺れているのだろう?
図書館の中に風が吹くはずもなく、ましてやテーブルを揺らしているような騒霊もいない。
では、なぜだろう?
答えはすぐ後にやってきた。
図書館が、いや、すべてが大きく揺れた。
それが地震だと気づくには数秒もいらない。
そしてそれを気付いた次の瞬間にはパチュリーは反応していた。
紅魔館ごと結界で囲み、揺れを遮る。
流石というべきだろうか。並の魔法使いではこうはいかない。
だとしても、最初の揺れは防げた訳ではないのでいつかの本棚は倒れ、本は散らばってしまった。
「地震ですよパチュリー様!」
どこにいたのかリトル(仮)も寄ってきた。
いつも静かな屋敷は、少しずつ騒がしくなっている。
「まったく……なんなのよ」
大きなため息が出た。
結界を張った後も外は暫く揺れているようだった。
−2−
ちょっと普通の魔法使い、霧雨魔理沙は芸術の秋ということで芸術っぽい魔方陣でも描いていた。
いくらなんでも家の中では狭すぎるので、ピクニック気分で近くの丘の上で。
近くといっても、森からは結構な距離があるわけだが、空を飛べる魔理沙にはあまり関係ないの
であろう。
先日見つけた大きなキャンパスにちょこちょこと大きく小さく描いている。
「よっ、と」
気の向くままに描きこまれた魔方陣は……なるほど芸術の匂いがする。
うまくいけばピカソ。悪くいけば落書き。
どちらに転ぶかはまだわからない。
「ふむ……後は――三分の一ぐらいかな?」
明確な完成があるわけでもなく、気分で判断する。
どこまで描くのかも決まっていないものなんていうのはこんなもんである。
兎も角、切りがいいだろうということでここらで休憩することにした。
草むらの上にそのまま腰を下ろし、目を閉じると色々なものが感じられる。
かすかな虫の音に、よく響く鳥の声。秋の少々肌寒い風が心地よい。
「たまにはこんなのもいいな、風情があって。……ん?」
のんびりとした風景に似つかわぬ物騒な音が聞こえる。
似ているもので例えるならマスタースパークを打ったときの残響。
あと、景色が少し揺れている気がする
なぜだろうか?
しかし、その答えはすぐに出る。
「ああ、地面が揺れてるのか……地震!」
揺れはすぐに立っていられないものへと変わり、地面に座っていた魔理沙はよろよろころんと転
がった。
−3−
博麗神社の巫女、博麗霊夢は食欲の秋らしく落ち葉を集めて焼き芋を焼いていた。
焼き終わるまで時間を持て余したので、いつものごとくお茶にすることにした。
お茶といっても抹茶、紅茶、どくだみ茶など色々とある。
しばらく考えて、面倒くさいし手軽に楽しめる番茶にしようと決めた。
いつものなれた手順でお茶を入れ、縁側へ。
そしてのんびりと周りの紅葉を眺めながらお茶をすする、と……
お茶請けを忘れた。
確か、茶箪笥に一昨日食べ残した羊羹があった筈である。
パタパタと母屋のほうへと戻っていく。
くつろごうとしているのに意外と忙しない。
「え―と、確かここだったわよね」
がさごそがたごとと漁る。
「あっれー? おかしいわね。もっと奥だったかしら? ……あーもう、揺れるな!」
がたごとごとごと(べき)と漁る。
かなり時間がたっている。
ちょっとした探し物とは思えないくらい。
「お、あったあった」
やっと見つけたのは冥界物の羊羹。
たまに幽霊とかが入りこんでいたりするのだが、これが結構面白くていい味を出しているのだ。
さてさて、のんびりとお茶タイムを再開しよう。
縁側に戻ると異変があった。
……縁側においていた茶碗も急須もなくなっているのである。
はて、と首を傾げるが、すぐに縁の下に落ちていることに気づいた。
幸い、割れてはいないが、縁側にはお茶がこぼれていた。
「羊羹を持ってきたと思ったら次は雑巾……。え―と、雑巾雑巾っと」
雑巾を持ってきてこぼれたお茶を拭き、入れなおす。
羊羹をつまみ、お茶をのみ、山の紅葉を眺める。
焼き芋はまだ焼けていない。
「あ、焼き芋あったんだわ」
時すでに遅し。
まあ、羊羹も焼き芋も味わえるのでお得だ、ということにしておいた。
−間−
ささやかな秋の異変はすぐに収まると誰もが思っていた。
だが、異変というからにそれはそうそう収まってはくれなかった。
異変のはじまりから数えて丁度太陽が一回り。
まだ、幻想郷は揺れていた。
−4−
霊夢は昨日と変わらずいつもと変わらずのんびりとしていた。
博麗神社は異変とは関係無いかのように静かだった。
辺りの音といえば、山の木々が風に吹かれてざわめく程度。
そんな静かな神社の母屋で霊夢はお茶を飲んでいた。
今日は縁側で過ごすには少し肌寒いのだ。
飲み終えたお茶をちゃぶ台に置き、霊夢はつぶやいた。
「流石にこれはちょっと異常ね……一日中揺れるなんて普通じゃないわ。」
神社は震源から遠いのか、それとも地震の規模が小さいのか最初の大きな地震以降、揺れてい
ない。
揺れているとしても、体で感じることはできないぐらいの揺れだ。
霊夢が地震が続いているのに気づいていたのは博麗大結界が微かに揺れていたからだった。
結界が揺れる。
これは大事に聞こえるかもしれないが、少々揺れる程度で崩壊するほど博麗大結界は脆くは無い。
そもそも地面が揺れるぐらいだから、結界が揺れるくらいは当たり前だろうと霊夢は思っていた。
しかし、流石に一昼夜揺れつづけているとなると気にかかる。
大体、幻想郷で地震が起こるのは珍しい。
理由はわからないが、一般に天災と呼ばれるものはあまり起きることがない。地震然り、台風
然り。
変わりに色々とおかしなコトには事欠かないが。
地震はとにかく少ない。
霊夢もこれまで地震を経験したのは数えるほどしかない。
「あからさまにこれって他人の起こしたものよね。外が揺れられると困るし……」
よっ、と掛け声をかけ立ちあがる。
大きな伸びをしてあくびをして
「さあ、いきますか。」
といったところで、トントンと障子を叩く音。
ちょっと驚いた。
じっとしてても動く様子が無いので、とりあえず入っていいわよと言ってみる。
障子を開けて中に入って来たのは、小さな女の子だった。
見覚えは無い。
「あのー、ここは博麗さんのお家でしょうか?」
「? そうだけど?」
「えと、神主さんは居られないのでしょうか?」
「ここに住んでるのは私だけよ。んー、何か頼みごとなら後にして頂戴。ちょっと今忙しいから」
正確には今から忙しい、である。
今はなるべく早く地震を何とかしたい。
厳しい言い方だが、少々のことは後回しでもいい。
地震で家が壊れそうだ、とかなら原因を取り去ったほうが早いだろう、と霊夢は思った。
「その、地震の原因にかかわることなんで聞いてもらえませんでしょうか」
「はいどうぞ」
原因を知ってる者が来るとは思ってもみなかった。
一気に話が進みそうだ。
「あ、やっぱり口で説明し辛いので直接来てもらえますか?」
……意外とそうでもなかった。
「じゃあ、口で説明できることはその道中に説明してもらうわよ。そうそう、名前聞いてなかっ
たわね」
「言ってません?」
「言ってない」(苦笑
「代美子です。一畳家の座敷童、梅井代美子といいます」
「代美子ね。じゃ、さっさと行きましょうか」
かくして、霊夢は予定外のオプション付きで博麗神社から飛び立った。
−5−
夕暮れが目に染みる頃。
魔理沙はぐったりと床に伏していた。
口からはうめき声が絶えることなく流れている。
魔理沙は地震が起こった後、矢のような勢いで家に戻った。
それだけ家が心配だったのだ。
家は何事も無かったかのように、いつも通りの姿を見せていた。
「魔法で補強しておいてよかったな」
とりあえずはほっと胸をなでおろす。
帰る家が無くなってなくてよかった、と。
そして気を引き締める。
家の外は無事でも、中は別。
意を決してドアを開ける。
「うわ……」
……泣きたくなった。
一つずつ見ていこう。
まず、箪笥や棚が狙ったようにテーブルを押しつぶしている。
で、そのテーブルを支えていたはずの足は、負荷に耐えきれずあちこちに飛んでいる。
一本は、床に転がっていた。
一本は、かろうじて倒れていなかった食器棚に突き刺さっている。
よく見ると裏板まで貫通しているようだ。
一本は、目覚し時計に刺さっていて、壊れた目覚し時計がけたたましい音をさせている
最後の一本は実験中だった器具に突っ込んで黄色い煙を上げている。
言わなくても解るだろうが、実験は絶望的だ。
ここまでくると、誰かに呪われたのではないかと思ってしまいそうだ。
なってしまったものはどうしようもないが、もう少し救いがあってもいいのではないか?と魔理
沙は思った。
くらいため息をつきながらも、散らばった部屋を魔法を使いながら片付ける。
部屋の片隅には積み上げていたマジックアイテムが崩れて散らばっている。
そこで、奥の部屋を思い出した。
奥の部屋はいわば倉庫のようなもので、使わなくなった物や集めたものが並んでいる。
勿論マジックアイテムもここに出しているものとは比にならないほどの数がある。
「あそこはしばらく入ってないしな……」
この地震でどうなっているか想像がつかない。
いや、むしろ想像したくない。
だが確かめないわけにはいかない。
奥のほうの部屋へ進む。
……ドアの前に立っただけでわかるような異質な空気がそこには流れていた。
「……やっぱり、また今度にしておこう。なんだか寒気がするぜ」
と、引き返そうとした時、ガチャリと内側からドアが開き……
「Hey!久しいな兄弟!ヒョーホホホh」
――――――
「ん……?」
先ほどまで苦しそうにうめいていた魔理沙がむくりとおきあがる。
しばし、ぼーっとそこに佇む。
「えーと、何をしようとしてたんだったかな? っていうか何をしたんだろうか?」
目の前の壁には大穴が空いていた。
穴からは綺麗な夕日が見えている。
あきらかに地震で崩れたような痕ではない。
「なんか悪寒がするからあまり考えないことにするか」
首を回すと、奥の部屋が見えた。
「とりあえず、ここを片付けなきゃいけないな」
気合を入れ、奥の部屋に足を踏み入れる。
部屋はマジックアイテムなどが散乱していて足の踏み場もない状況だった。
というか、床自体が見えない。
思いっきりやる気がうせた。
と、そこでまた小さな地震がおこった。
マジックアイテムがガラガラと音を立てて棚から転がり落ちる。
地震はすぐに収まった。
ふう、とため息を吐き落ちたマジックアイテムを棚に戻す。
やる気は相変わらず出ないものの、いつかやらなければいけないなら今のうちにやっておこうと
魔理沙は思ったのだ。
10分の1ほど棚に戻した時。
ガラガラガラ……
また小さな地震が起こった。
今度もまたすぐに収まる。
そして魔理沙は再び黙々と床に散らばったものを棚に並べる。
しばらくして、また地震。
収まり、魔理沙はまた棚に並べる。
地震、並べる、地震、並べる……
「ああああああああ!!」
いいかげん切れた
足元にあった箱を蹴っ飛ばす。
蹴られた箱は壁にあたり床に落ちる。
魔理沙「って、この箱は…」
魔理沙の記憶が確かなら、この箱は魔力の憑いた石が入っているはずだった。
思いっきり蹴ったので割れたりしていないか不安だ。
近寄り、蓋を空けてみる。
おかしなことになっていた。
箱の中にあった、いや、居たのは魔方陣に羽をつけたような奇妙なものだった。
昔々にどこかで見たような気もしないでもない。
箱の底のほうには石の欠片のようなものが散らばっていた。
まるで卵の殻のように。
そしてその奇妙な魔方陣は自分の意思があるのか、羽ばたき、魔理沙の周囲を回った。
それは主を見つけて喜びに舞い踊っているようでもあった。
そして、魔理沙は……
「なんじゃこりゃあああああ!」
再び恐慌した。
−6−
紅魔館のメイドたちは大忙しだった。
地震の被害はほとんどなかったとはいえ、何しろ広い紅魔館どこで何が起こっているかわから
ない。
咲夜の能力によって早く済むといっても他のメイドがサボる理由にはならない。
それは門番の班まで中に回されるという忙しさ振りだった。
メイドたちと同じようにパチュリーも大忙しだった。
広大なこの図書館から倒れている本棚を探し、立てなおし、こぼれている本を探し、入れなおす。
ちなみに、メイドは手伝わない。
むしろ手伝えない。
この広大な図書館で勝手のわからないメイドは迷ってしまう可能性がある。
それは足手まとい以外のなにものでもない。
よって、作業をしているのはリトルと少数の図書館下っ端司書達だけだった。
「ふう、結構大変ですね」
「そうですねー。一体いくらあるんでしょう?」
「それは、どっちが?」
「どっちもです。この図書館の大きさも、倒れてる本棚の数も」
「なるほど。でもあまり倒れてはないですよ。パチュリー様が結界を張ってくれましたから」
「そうですねー。紅魔館を覆うほどの結界張れるなんてやっぱり凄いお方ですね。そういえ
ば、パチュリー様はどこに?」
「地下の書庫に行かれました。なんでも、迷宮らしいですから」
―――ヴワル図書館地下。
禁忌とされる魔導書や強力すぎるマジックアイテム、少しのお料理本などが保管されている危険
な書庫。
喘息がもっと酷くなりそうなこの場所に、パチュリーはいた。
まあ、ここの構造が全部わかるのがパチュリーだけなのだから仕方がない。
「ふう、殆どは終わったかしら? 蔵書が多すぎるのもちょっと考え物ね……」
ぼやきながら本棚を戻す。
ここは地下にある為か、地上より多少地震の影響を強く受けていた。
「あー疲れる。リトルもこっちにまわした方がよかったわね。あ、でも、深いところは私がやら
なきゃいけないから同じか」
淡々と本棚を立てなおす。
なんとか作業を終えて上に戻ると、下っ端司書達がバテていた。
「……私より体力なくてどうするのよ。」
「あー、スイマセン。でも、私達は肉体労働ですし。」(汗
「そうですよー。パチュリー様とリトル(仮)様ぐらいしか細かな魔法使えないんですから。」
それは確かにそうかもしれない。
私は魔力だけは有り余るほどあるわけだから、細かいことを数こなしたり、短いスペルを何回も
唱えるのは得意だ。
体を使うよりはよっぽど疲れは少ない。
「御疲れ様です、パチュリー様。お茶でもいかがですか?」
「もらうわ」
リトルはいつもの白いテーブルについて紅茶を飲んでいる。
理由は先に挙げた通りだ。
で、ふらふらしてる下っ端達を尻目にテーブルで優雅にお茶などをすすっていると……
「パチュリー様ー!」
咲夜がえらい音を立てて図書館に飛び込んできた。
「どうしたの?そんなに急いで。というか、図書館では静かにしてよ」
「すいません。で、手伝ってもらいますから来て下さい。リトルもお願いします」
服をつかまれる。
いってることは大人しいが、表情はこれが鬼気迫る形相というのかというぐらい修羅だった。
「いやー」
それでも断る。
自分の持ち場は終わったのだ。
これ以上がんばると本当に疲れてしまう。
「そうはいきません。やっていただきます。こっちは大変なんですよ! 揺れてるし広いし暑い
し狭いし寒いしガラスでいっぱいだしどこにあるか分からないし!」
「………」(汗
いってることが端的すぎてほとんどわからない。
とりあえず、揺れてるとはまだ外が揺れていることだとは思った。
「はあ、はあ、はあ……。そうですね、嫌と言うならこの地震を止めてきてください。それなら
何もいいません」
「えー!? それはもっと嫌よー」
「いいんじゃない?たまには運動しても。喘息の解消に一役買うかもよ?」
……どこから現われたそして何てこと言うかこの吸血鬼。
「咲夜もそれなら許すって言ってるんだし」
「…その方が嫌なんだけど」(汗
「じゃあその場合は、地下迷宮のお掃除よ?」
「そ、それはさらに嫌ー!」(半泣
「そう、じゃ決定ね」(邪笑
「あうあああぁ〜……」
決まってしまったようだ。
でも、地下迷宮を掃除するくらいなら外に出たほうが何倍もいい。
……どうにも、惰眠を貪ることはできないようだ。
「ふふ、今日はいい夜ね。綺麗な満月」
「全くです。御嬢様」(ニヤリ
「はぁ……リトル、行くわよ」
「あ、はい」(私はお掃除でもいいんだけどなー、っていまさら言えませんね。)
輝く満月の夜。
パチュリーはリトルを従えて紅魔館を出発するのだった。
−Stage0.秋の黄昏−
Stage Clear
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