−Stage2.夕闇の森−
−0−
くらいくらい秋の森
青空
くらいくらい
夜空
くらいくらい
夕方
もっとくらい
くらいくらい秋の森
そんなくらいところだから
明るくひかるものもある
−1−
夕暮れ時。
太陽が一番赤く輝く時間。
魔理沙は暗い闇の中を飛んでいた。
暗闇の森。
そんな名前がつけられている森。
秋の暗闇の森はますます暗い。
黄昏時には深く深く、闇に沈む。
沈んだ森には、魔が潜む。
そんな噂のある森。
「……眩しいからって入るんじゃなかったな」
辺りはすっかり暗闇。
入り口の方はまだ薄暗い程度だったのだが……
しかし、暗くても見えないわけではないし、既に戻るのも面倒くさいところまで来てしまって
いる。
それに、以前にもここに来たことはある。
……ただし、それは数えるほどのことで、明るいうちのことで、魅魔様も一緒だった時のことだ。
一人で来るのは、はじめてだ。
しかし、これは噂通りだ。
辺りを見まわして改めてそう思った。
以前来たとき……実はあまり覚えてはいないのだが、そのときよりもはるかに暗い。
高く広く生い茂った木とその木々の間を埋めるように絡んだ蔦。
それがほぼ完全に日の光をさえぎっている。
本来、魔女はこういう所に住むのではないか?と魔理沙は思った。
魔法の森も十分暗いところなのだが、この森は魔理沙から見ても異質だ。
「まあ、私はこんな陰気なところに住みたくはないけどな」
魔理沙が暗闇の中に目を向けると、得体の知れない影がさっと身を隠すように動く。
辺りには何匹かの妖怪の気配がある。
まあ、襲ってくるとしても、それは相手の力量もわからないような三下か強い力を持った一流か。
前者なら相手にもならないだろうし、後者は滅多にいない。
ふと、思い出す。
確かここには、この時期だけに咲く花があったはずだ。なにかの魔導書か……とにかく本で読ん
だ覚えがある。
滅多にこの森には来ないのだから、この機会に探してみるのもいいかもしれない。
確か、名前は魔法の花…いや、違う。夢の花…だったか?
「うーん、思い出せないな……『検索』」
その魔理沙の言霊に反応して手帳ほどのサイズの蒐集品リストがパラパラと音を立てて捲れて一
つのページを開く。
これはこれまでに読んだ魔導書などから書き出してきたアイテムのリストだ。よく使うのでこの
間検索の呪文を作り上げて付与させた。
探し物を円滑に見つけるには必須だ。
「炭の木?こんなものもあるのか。まあいいや、次……違うな。…あ、あった。えーと?」
幻想の花。
暗闇に閉ざされた森の中の月と太陽の光がほんの少しあたるところに生息する。
煎じて飲めば素晴らしい夢を見ることができ、その種には夢が詰まっている。
その他の効用も様々。
「……なんか字がゆがんでるな。で、性質は……と?」
辺りにまりょくをはなつで…
途中から説明はひらがなに変わり、さらにその続きのあるはずのところには、ミミズののたくっ
たような字が続いている。
「きょう…はつ…い…?ダメだ、読めない。……途中で寝ちゃったのかね」
元の本はおそらく家にある。
今知ることのできるのはこれだけだった。
まあいいか、あることは確かなようなのだし、魔力を放っているなら探知してみればわかるかも
しれない。
空中で静止し、精神を集中する。
様々な妖気、魔力が充満している。
妖気は論外。
魔力の中からそれっぽいのを選別する。
「ん……これか?」
花のような輝きの魔力が一つだけあった。
結構遠いのか、薄い。
「近づけばどうかわかるだろ。……よし、決定だ」
魔理沙のお宝捜しが今、始まる。
−2−
既に森の中は見渡す限りの暗闇。
木々から漏れる木漏れ日も見当たらない。
どうやら太陽も一日の役目を終え、山の向こうに落ちたようだった。
その暗闇の中を魔理沙はゆったりと飛んでいた。
魔力の筋を見失わぬようにゆったりと。
「まだまだ消えそうではっきりしないな。もう少しわかるようになるとスピードが出せるんだ
が……」
魔理沙が当たりをつけた魔力はまだ細々としていて、見失うとまた探すのに時間を食いそうだ
った。
それからしばし、ゆっくりと飛びつづける。
ゆっくり、ゆっくり、確実に糸を手繰り寄せるように……
森の中はしん、としていて一つの音もない。
その中を黒衣の魔女がゆっくり、ゆっくり、と飛ぶ。
その姿は闇にまぎれて見つからぬようにしているようで
ゆっくり、ゆっくり、と飛ぶその姿は音を立てぬように…
他のものに見つからぬよう、邪魔をされぬようにしている。
そうも見えた。
そうして進んでいく内に魔力の筋はだんだんと太くなってきていた。
これぐらいまで太くなればもう見失わないだろう。
ゆっくりとしていた歩みを止める。
宙に浮いたまま箒に腰掛け、背中に下げていたバッグを前に持ってきてその中に手を入れた。
「えーと、ランタンは…と。こら!出てくるんじゃない!じっとしてろって!」
なぜか暴れるバッグと攻防しながら、お目当てのランタンを取り出し灯をともす。
バッグはしばらく暴れていたが、口を閉められ、その動きを止めた。
ふう、とため息を吐きながら箒の先にランタンを吊り下げる。
ランタンの明かりは辺りの闇を照らし、木々の陰をはっきりと浮き出させていた。
この暗闇で煌煌と灯っているものは他にはない。
とても、目立つ。
がさり、がさり、がさり
魔理沙の周りの木々が、葉っぱが、
魔理沙の眼下に見える草むらが、
魔理沙の周りの空気が、
がさり、がさりがさり
鳴く
それはドミノ倒しのように、波が広がるように伝播していく。
辺りは、音でいっぱいになった。
その変化はまるで、寝ていた猛獣が首をもたげ、その瞳を開いたかのよう。
がさりがさりがさり
波の目指す先は一つ。
この暗闇を侵す光。
エモノの光。
波が一点に向かって集まっていく。
それはまるで昆虫が夜闇の中の光に向かって飛んでいくその様。
その様を見て、魔理沙は顔に笑みを浮かべ、こう言った。
「さーて、ここからが本番だぜ!」
辺り一面から妖怪が飛び出すのと、魔理沙が跳ぶのは殆ど同時だった。
久々のエモノを逃がすまいと妖弾を放ち、跳びかかってくる妖怪の群れ。
しかし、それは一つとして魔理沙に当たらない。
掠りもしない。
「いきなり撃ってくるなんて、やっぱり三下ばっかりだな。餓鬼しかいないぜ。」
遊んでもいいが、今の目的は遊ぶ事ではない。
適当にあしらうことに決める。
魔力球を呼び出し、定位置に定める。
「腹が減ってるやつはそこら辺の木でも食っててくれ、そうすれば少しは日当たりがよくなって
助かる」
上の暗闇を指差し言う。
その間も次々と妖怪や、妖弾が近づいて来る。
魔理沙の言葉が届いていないのは明白だが、魔理沙はそれを意に介さず言葉を続ける。
「それじゃ、警告だ。悪いが私は先を急ぐんでね。邪魔するやつはどうなっても知らないぜ?」
妖怪が、妖弾が、魔理沙に襲いかかる。
一匹の妖怪の爪が魔理沙の胸を切り裂かんと延びる。
「警告は、したぜ?」
妖怪は魔力球からのびた光に包まれ、灼かれ、そして落ちる。
光はそのまま、後ろに続いていた妖怪を何匹か巻き込んだ。
しかし、妖怪は止まることなく、魔理沙に襲いかかっていく。
「熱烈なもんだな……まあ、私の身はおいしいから分からんでもないけどな!」
森は、騒がしくなっていく。
−3−
喧騒。
森の一角は喧騒に包まれていた。
先ほどまでの静寂はもうない。
聞こえてくる音は様々で…
風を切る音。
木々の倒れる音。
何かの破裂する音。
爆発音。
雄叫び。
喜声。
悲鳴。
それらは途切れることなく重なって、一つの不協和音の音楽祭を開いている。
音楽祭の命題は狩猟。
曲を奏でる奏者は数知れず、それも悉くが人外の者ども。
拝聴者はたった一人の人間。
たった一人の魔法使いの為に開かれる音楽祭。
音楽祭は止まることなく動きつづける。
会場の通った後には爪痕が残され、数知れぬ奏者のなれの果てが転がる。
最後まで奏でることのできないものには用はない。
唐突に、フィナーレ。
一切の音が掻き消える。
魔理沙は草むらに仰向けに倒れていた。
目を瞑り、口はだらしなく半開き。
服は所々破れ、トレードマークの帽子は傍らに落ちている。
周りには数多くの妖怪が倒れている魔理沙を囲むように、いた。
「やった?」
「そうみたいね。動かないし、息もしてないわ。」
「おいしそう。」
「で、誰のものよ。」
「さあ?」
「私よ。」
「違うわ。私よ。」
「早く食べたい。」
「みんなで分けようよ。」
「弾幕って決める?」
「望むところよ。」
妖怪達は言い争う。
これは誰のものだ。
獲物は誰のものだ。
しばらくぶりの食事を手にするのは誰だ、と。
ゆらり、と手が上がる。
「え?」
その手から白光がほどばしる。
否、正確にはその手が持っている一枚のカードから光はあふれていた。
悉く、飲みこまれていく。
それに気付いた者も、気付かなかった者も。
再び、静寂が森を支配する。
魔理沙は傍らの帽子を掴み、ぴょん、と起きあがる。
金の糸が揺れる。
「こんな狸寝入りに引っかかるようじゃ、私を食うなんて霊夢が真面目に修行するぐらい無理な
ことだな。」
ぽんぽんと服についたゴミを叩き落とし、帽子についたゴミも同じように叩き落とす。
一匹として、起きあがってくる妖怪はいない。
ただ、一匹の鼬が足元を駆けた。
びゅう
と、風が鳴る。
「あははははは。」
森に響く笑い声。
声の方向には一人の少女。
ふう、とため息をつき、帽子を被りなおす魔理沙。
「まだ取りこぼしがいたかな?」
「結構やるねあんた。それで何人の敵を倒してきたのかな?」
「レミリアじゃないが、あんたはこれまで読んだ本の数を覚えてるのか?」
「0よ。本なんて読んだことないからね。」
「頭悪そうだな。」
「悪いか。」
箒に乗って空に上がる魔理沙。
妖怪も逃がすまい、と空に上がる。
「そうそう、名乗ってなかったわね。私は風奈。三下じゃないの。」
「ということはあんたがボスかい?」
「さあ?でも、あんたの最後になるんだから私がボスかもね。」
「やっぱり取って食う気なのか。野蛮だな。」
「畜生で結構よ、鼬だし。色気より食気ってね。」
「花より団子、か。ちなみにそういうのは餓鬼って言うんだぜ。」
渦巻く妖気と、練りこまれる魔力。
三度、森は音楽祭の会場となる。
−4−
何かが空を斬る音。
光が空を灼き焦がす音。
先ほどまでの大合唱とはまた違う、静かでいて暴力的な音が木霊する。
暗い森の木々の間を二つの人影が飛びまわる。
片一方は明かりをその箒に吊るし、もう一方の影向かって光を放つ。
その人影は季節はずれの蛍のようだった。
蛍の放った光は渦のように周囲を巻きこんで影を目指すが、影はなんとなしにそれをかわす。
その影は、その通りに明かりを持たず、もう一方に向かって手にした小太刀を振るう。
この暗い森では小太刀といえど、光を映すことは無くその刀身はさながら黒曜石のようだった。
振るわれた小太刀は、蛍には届かない。
むしろ、届くはずも無い距離だ。
端から見れば、光に臆して形振り構わず振っているか、そうでなければ気が狂っているか。
そういう風に見える。
だが、蛍はその小太刀の振るわれた先を避ける。
たまたまそこを避けているのか、それとも振るわれることが怖くて逃げ回っているのか。
そういう風に見える。
「まったく……見えないなんて、卑怯だぜ?」
「冗談!見えてるくせに、関係ないね!」
そう、魔理沙には見えている……しかし見えているわけでもない。
空気のうねりは目には見えない。
魔理沙は「それ」に乗せられた妖気を見ているのだ。
「しかし、鎌鼬っていうのが本当にいるなんて聞いてないぜ。」
そういいながら、飛んでくる妖気のすじを避ける。
まさに風の如き速さのそれを避けるのは並みのことではない。
「へぇ、自然現象だと思ってた?生憎、私の家は代々鎌鼬なのよ。」
「それは新発見だな。」
返しにとマジックミサイルをばら撒くが、風奈は難なくそれをかわしてみせた。
ちっ、と小さく舌打ちをする。
「鎌鼬っていうのは三匹で一セットじゃないのか?」
「それはちょうちんが有名なところとかおやきが有名なところの話ね。ここじゃ、転ばす必要
も、傷を治す必要も無いでしょ?」
「なるほど。」
内心、魔理沙は焦っていた。
こちらのはなつ攻撃はことごとくかわされ、相手の刃は太刀筋が見えない。
それでも、かわせないことはないのだが、こちらの攻撃が当たらないことにはどうにもならない。
このままでは魔力が底をついてしまうこともあり得る。
(やばいぜやばいぜ!場所がと相手の取り合わせが悪すぎる。奴は夜目がきく上に速さが尋常じ
ゃない! しかも今持って来てる符は目立つもんばかり。……どうする?)
暗くて相手の姿も攻撃もよく見えない。
(暗闇を照らすことは……)
できない。
輝光石でも持っていれば話は別だが、そんな貴貴重品は持ってきていない。
(暗闇を生んでいるのは……)
辺りに生い茂る木々、蔦、重なり合った枝に積もった厚い木の葉の層。
イリュージョンレーザーやマジックナパームぐらいではどうすることもできないだろう。
(と、いうことは……)
このままの状況で戦いつづけるか。
(無理だ。せめて月明かりでもないとこのままではやられる。)
…スペルカードを発動させるか。
(…スペルカードを発動させることができるのは、残りの魔力量から言って後2回。使えば、今
日はしっかり眠らなきゃいけないだろうな。)
…決まりだ。
マスタースパークのスペルカードを取り出す。
それを見た途端、風奈があわただしく小太刀を振り回す。
遅い、もう詠唱は始まっている。
スペルカードに魔力が込められていくのを見て風奈は射線から逃れようと猛スピードで動く。
自分の攻撃が届かないのを本能的に感じたようだ。
好都合だ、元から当てる気はないし、あのすばしっこさにはマスタースパークといえど、ついて
いけない。
「……boollowddaurcknnnnfhyuillliiigzhet…『恋符、マスタースパーク!!』」
光の奔流が辺りを吹き散らす。
風奈が放った刃は圧倒的な光の前に易とも簡単にかき消される。
木々の枝は悲鳴のような音を上げて折れ、砕け、吹き飛ぶ。
その木々に絡まっていた蔦は千切れ、光の中に消える。
枝に厚く厚く降り積もっていた木の葉の層は光と共に舞いあがり、消し飛び、支えを無くし重力
に従い下に降り注ぐ。
塵が、粉のようになった木の葉が、木の葉の上に積もっていた土が辺りを靄のように埋め尽くす。
そして、月が暗闇の森を照らす。
月の光は先ほどまで闇と変わらなかった風奈の姿もくっきりと映し出した。
「な、なんて威力よ。」
「よーしよし、これで大分やりやすくなったぜ。」
「!…もしかして、明るくするのが目的で?」
「勉強になったか自然現象。自分を優位に立たせる事が戦いに勝つコツだぜ?」
「フ、フン!月の光は妖怪の味方よ!こてんのぱんに切り刻んでやるわ!」
「知ってるか?月の光を浴びた魔法使いは絶対に負けないんだぜ?」
月は、我関せず、と傍観していた。
−5−
形勢逆転。
全く、その言葉のとおりだった。
月明かりの下を逃げ回る風奈には、先ほどまでの余裕はもう無い。
頭上には月をバックに唇の端を軽く吊り上げて微笑んでいる魔女がいる。
いくら月が妖怪に力を与えると言っても、その月の光によって自分の動きが明るみに出ていては
意味がなかった。
風奈は、暗闇があったからこそ魔理沙を追い詰めていたのだ。
「ほらほら!逃げ回ってばかりじゃ埒があかないぜ?」
「!! わ、わかってるわよ!」
苛立たしさをぶつけるように小太刀を連続で振う。
小太刀が振われるごとに、きらりと刃が月の光を反射した。
真空の刃がいくつもいくつも魔理沙にむけて飛んでいくが、どれ一つとして掠りもしない。
「あー!もう!」
おかえしにと言わんばかりにマジックミサイルやレーザーが降ってくる。
木の間に潜み少しでも闇に紛れようとするが、それでもかわしきれない。
着弾の爆風で吹き飛ばされ、近くを通りすぎたレーザーが服の端を焦がす。
「くそッ!」
そう毒づくと小太刀の持ち方を変え、印を組む。
「まだなにか秘策があるのか?まあ、そうじゃないと楽しくないけどな。」
「うるさい!その余裕吹き飛ばしてやるわ! 敏く敏く敏く!鋭に鋭に鋭に!烈風の如く!雷鳴
の如く!」
「やけに単純な言霊だな。」
「ほざけ!」
叫ぶ風奈の身体から明らかな妖力が一緒に吹き出る。
それは、注意しなくても容易に見えるほど濃い。
そして、これまで以上の速度で、それこそ轟風のように小太刀が振われる。
小太刀が振われるたびに辺りに漂う妖気が形を持って飛んで行く。
「っ!」
おびただしい数の刃。
その数、一目だけで百数十。
隙間はほぼ無い。
一瞬の後、刃が魔理沙に突き刺さっていく。
勢いそのままに貫いていく刃、抵抗の前に相殺する刃。
そのすべてが魔理沙の姿をボロボロに引き裂いていった。
襤褸切れのようになった黒い塊が下に引っ張られるように落ちていく。
「よしっ!これで食事にありつけ……!?」
純粋な食欲による喜びの表情はそのまま固まる。
手のひらを後頭部に押しつけられるような感触。
後ろに気配があることに気付いたのはそれがはじめて。
「いやー、一気にあれだけ飛んでくるとはね。流石に肝が冷えたわ」
「……」
風奈の顔は上を向いたまま、落ちる襤褸切れを目で追ったまま固定されている。
表情は先程の笑いが抜け落ち、驚愕に替わっている。
「えーと、これって、どういうこと…かな?」
襤褸切れは草むらに落ちてがさりという音を立てる。
明らかに重さを持ったその塊、明らかに人のものであるその肌色。
風奈には全く理解できなかった。
「んー、一言で言えば疲れる事。」
襤褸切れは姿を消す。
元から何も無かったように。
風がかさりと草むらを揺らし、そこに何も無いことを確認させる。
「納得いかないよ。」
「んじゃ、魔法使いは双子でしたってことだ。これならわかるだろ?」
軽く深呼吸した後、諦めた様に頷く。
もはや勝ち目は無いと悟ったのだろう。
小太刀を握った手からはすっかりと力が抜け、風奈を中心に渦巻いていた妖気は既に霧散して
いた。
「こっちが三姉妹なら勝てたかな。」
「どうだろうな。私は普通に強いし。それに、転ばすやつも傷を治すやつもいらないって言った
のはお前だろ?」
「ふふ、そうだったっけ?」
頭の後ろに魔力が集まっていくのが分かる。
風奈は、双子だったんなら一人くらい食べてもいいじゃないと思いながら目を瞑る。
「……なーんてな。」
思いっきり後ろ頭を押される。
ぼすっ、という間抜けな音と共に風奈は頭から草むらに突っ込んだ。
「っと、強くやりすぎたか。」
風奈は後ろの方から魔理沙の声を聞いていた。
その声が多分に笑いを含んでるのは気のせいではないだろう。
草むらからガバッと跳ね上がり魔理沙をにらめつける風奈。
口の端がひくついて、いかにも怒ってるよという感じだ。
「どーいうことよ!どーいうことよ!どーいうことよ!こっちは覚悟決めてたのよ!?」
森に響き渡るほどの大声で喚きちらす風奈。
目は涙目でおもいっきり地団太を踏んでいる。
情けをかけられたのがよっぽど悔しかったらしい。
あまりの大声にあたりで寝ていたのであろう鳥たちがぎゃあぎゃあという声を上げて逃げてい
った。
「いやーすげぇ大声だな。んー、どーしてって言われると……そうだなー。性に合わないから、
だな」(笑
「こっちは捕食行動よ!真剣勝負なんだー!」
「それに、こんなに元気なのを殺すのは惜しいしな。ほれ」
「へ?」
そう言いながらバッグの中から何かを取り出し、風奈に差し出す。
魔理沙の手のひらには筍の皮。
そのまた上に乗っているのはおにぎりが四つほど。
風奈は目を丸くしてそれを見つめている。
「もらって……いいの?」
「捕食行動なんだろ?幸い、私のほうにはまだまだ余裕がある」
魔理沙から風奈へと手渡される一つのおにぎり。
風奈はおにぎりと魔理沙を交互に見比べ、考えこんでいる。
どうも疑わしげである。
「そんなに心配すんなよ、毒なんて入ってないさ。あまり疑ってると取り上げるぜ?」
「疑うなってほうが無理だと思うよ……あ、食べるからね!取り上げないでよ!?」
「承知してるぜ。よっと、私も晩御飯にするかね。」
草むらの上にぽすんと座り、残った三つのおにぎりの真中をとって口に運ぶ。
「……なんで真中?」
「気分。」
「包みにくくなるよ?」
「寄せればいいさ。」
「あ、そっか。」
おにぎりを食べながら、見上げる魔理沙。
すでにおにぎりを食べ終わり、魔理沙につられて見上げる風奈。
魔理沙はおにぎりを食べながら、風奈は何ともなしに、そのままぼーっと二人は空を見つめる。
「月見でおにぎりも、いいもんだねぇ。これで酒があればもっといいんだが。」
「あー、そういうことか…」
「…なんだと思った?」
「じっと空見てるから、おにぎり狙って烏が戻ってきたのかなって思った。」
「くくっ…なるほどなるほどさすが野生だな、そういう風に考えるか。食はなるべく楽しまない
と人生の半分損することになるぜ。」
「笑わなくてもいいじゃないかー。 ……ねえ、もう一つ貰ってもいいかな?」
「いいぜ。ほい。」
さっきと同じように渡されるおにぎり。
再びぼーっと空を見つめる二人。
一個目を食べおわった魔理沙が残った最後のおにぎりに手を伸ばす。
二個目のおにぎりを食べながら、風奈がたずねる。
「そういえばさ、御飯食べさせてもらったけど、名前聞いてないね。」
「そういえばそうか。……お前の名前も聞いてないな。」
「……言ったって。名乗ったじゃんか、最初に。」
「そうだったか?」
「魔法使いって、それでやっていけるの?…風奈よ。」
「魔法使いは必要なことを覚えてればいいんだよ。物知り婆さんってほど老いてもないんだし。
魔理沙だぜ。」
「なるほど。……って、魔理沙?」
口に運ぶ手を止め、魔理沙の顔を見つめる風奈。
見つめられるだけというのもなんなので、見つめ返してみる魔理沙。
無言で絡み合う視線。
ほのかに流れてくる白百合のかほり……
「んなわけあるか。」
「あうちっ!」
ごすっ、とチョップを風奈の額に叩きこむ魔理沙。
「で、どうしたんだ?顔見つめたりなんて、私の顔になんかついてるか?」
「……うん、ほっぺたに御飯粒ついてる。 …じゃなくて、魔理沙って魔法の森にすんでる霧
雨 魔理沙?」
ほっぺたについた御飯粒を口に運びながら頷く。
嘘をつく必要もない。
「魔法の森にすんでる霧雨 魔理沙は私しかいないぜ。……なんで知ってるんだ?」
「魔法の森の魔理沙は強暴で恐ろしい人外だって……」
「……ほほう。それは誰に聞いたんだ?」(ジト目
「身長5.7メートル体重550キロの巨人だって橙が…猫又の妖怪なんだけど、このまえ会った時に
言ってた……って、顔すごく怖いよ?」(汗
「ほーほうほう。それはやけにマニアックだなぁ……」(激怒
次会ったときには、徹底的にやってやることを魔理沙はここに決意した。
−6−
「さてさて、そろそろ私は宝捜しに戻るとするぜ。」
食事も含め、十分休憩はした。
できることなら月が出ているうちに花の場所を探し当てたいというのが魔理沙の心情だ。
「宝?」
魔理沙の言葉を聞き、この森にそんな物あったっけと首をかしげる風奈。
「ふーむ、だめもとで聞いてみるか……。なあ、おまえ幻想の花っていう花を知らないか?」
「幻想の花…?あ、知ってるよ。綺麗な花だよねー……って、宝なの?」
当たり前か、と思う。
本を読んだことのない風奈が花の価値を知っているのは疑わしい。
魔力を秘めた貴重品でも、風奈にとっては綺麗な花で終わってしまうのだ。
「まあ、私にとっては、な。…というか、知ってるのが意外だぜ。」
「それはないんじゃないかな、とりあえず現地人だしさ。それに、あの花結構有名だよ?この森
に住んでる奴なら大体知ってると思うな。」
「そんなに有名なのか幻想の花は……無知とは罪だぜ。それで、生えてる場所を詳しく教えてく
れたりすると小躍りするんだが。」
「りょうかーい。ちょっと待ってて、探すから。」
そういうと、風奈は目をつぶって黙ってしまった。
精神統一している様にも見える。
待っておけといわれたからには待たないわけにはいかない魔理沙。
することも無いので、ジーっと風奈の顔を見つめていたりする。
一生懸命探しているのだろうからちょっかいを出すわけにもいかず、なんかむずむずするような
時間が流れる。
…結構経った。
五分ぐらいは経っただろうか。
風奈はジーっと座ったままだ。
いいかげん退屈になってきた魔理沙は辺りを見まわしたり草むらの中に石を投げ込んだりして
いる。
本人がすぐ隣にいるので遅いと愚痴るわけにもいかない。
その暇を持て余した行動が『遅い』と言っているようなものなのだが。
「というか……死んでるようにも見えなくもないな。」
かるーく目を瞑って口は少し開いたような状態。
確かに見ようによっては、そうも見えるかもしれない。
寝顔といったほうが正しいような感じではあるが。
「おーい。……聞こえてない?本当に寝てるのか…?」
目の前で手のひらを行き交いさせてみるがやはり反応はない。
そうなるとむくむくと膨れ上がってくるいたずら心。
とりあえず、軽く額をつんと突ついている。
ぼすっ
見事に後ろ向きに倒れた。
で、やはり風奈は起きない。
ニヤリと魔理沙の口がゆがむ。
玩具を見つけた子供の表情というものだろう。
「さてさて、どうしてやろうかなー♪……って。」(汗
仰向けに倒れた風奈は白目を剥いていた。
滅茶苦茶不気味だった。
「オ、オイオイ、冗談だろ…?」(汗
声をかけてもやはり、ピクリとも動かない。
まるで本当に死んでいるかのように。
肩を掴んで揺らしてみるが、揺れに合わせて首がカクカクと揺れるだけ。
(ちょ、ちょっと待てよ、私は何もしてないぞ。いや、額を押しはしたけどそんなことでこんな
ことになるはずが…)
目に見えるほどうろたえている魔理沙。
寝ているだけという選択肢は頭の中から消えている。
(おちつけ、おちつけー。死因はなんだ?額を突っついたことか?いや、そんな人外のようなこ
とが私にできるはずもないし、とすると後頭部強打による頭蓋骨陥没?)
体を持ち上げ、後頭部を手でさする。
傷は無いような感じがした。
同様に血が出ている様子も無い。
少し疑い深く念入りにさすってみるが、やはり傷などは無かった。
(ということは、やはり……秘孔?)
万が一ということは0ではない。
一万回に一回は偶然にあるかもしれないということなのだ。
幸い、人体のツボの位置は大体覚えている。
風奈の額を凝視する。
さすがにこの距離で見ると白目を剥いた顔が怖かったが、どうしても死因(?)が知りたい魔理
沙には、そんなことはどうでもよかった。
(どこを突いたんだ?…結構強く突いたんだから跡が残ってるはずだよな。)
邪魔な髪をかき上げて、吐息がかかるほど顔を近づけてよーく見る。
「あ、あの、ちょっと。」
「黙れ。動くな。よく見えないだろ。」
目を皿のようにして凝視した額はきれいなものだった。
軽く突いたんだからあたりまえである。
「しかし、意外とときれいな肌してるなこいつ。」
「え、えーと、毎日温泉に入ってるからかな?」
「ほうほう、そうなのか。」
ちょっと自分のほっぺたに触れてみる。
そんじょそこらのお嬢様よりはきれいな肌をしてるつもりな魔理沙。
でも風奈は一級品お嬢様くらいのいい肌してた。
「結構うらやましいぜ……」
「でさ、何でこうなってるのか説明してほしいんだけど。」
視線を額から少し下に落とす。
丁度目のある位置か。
普通の目と目が合った。
「よう、おはよう。」
「こういうのはもうちょっと段階踏んでからがいいなって思ったりするんだけど、そこのところ
どう思う?」
「ん?」
ふと、位置関係を考えてみる。
腰と後ろ頭に回された手。
極限まで近づけられた顔と顔。
互いの顔に吹きかかる甘い吐息。
「……おお。」
「おお。じゃなくてさ…別に、嫌じゃないけど。」(赤
「惚れられやすい女は困ったもんだなー。」(汗
ぽりぽりと頬を掻く魔理沙。
支えを失った頭が地面に落ちて、またもやぼすっという音を立てた。
とりあえず、当たり前にそんな理由じゃないことを説明して落ち着いた二人。
「なるほどー。ちゃんと説明しなかった私も悪いかな。」
「ほんと驚いたぞ。まったく反応なかったから。」
「うん、これからは幽体離脱する時はちゃんと説明してからにするよ。」
「……で、何でこんなに時間かかったんだ?」
「あーそれは、花を見つけて帰ってくる途中で友達と会ってね、つい長話しちゃった。」
幽体で長話。
そんなことしてるとそのうち冥界にでも連れて行かれそうだ。
「ちょっと不安なんだが、位置のほうはちゃんと覚えてるんだよな?」
「それはもちろん!ここから西に1721歩。南に2482歩行ったところにあるから。飛んで
いけばすぐだよね。」
「確かにすぐだが、なんか変なところでファンタジーなんだな……」
「わかりやすいんだから気にしない気にしない。あんまり気にしてると取り上げるよ。」
「何をだ。」
「そうだなー…その帽子でも取り上げさしていただきましょうか?」
「それは困るな、こいつは私のトレードマークだ。取られないうちにさっさと行かせてもらいま
すわ。」
そう言い、いそいそと箒にまたがる魔理沙。
ふと振り返るとさっきまで笑顔を見せていた風奈は少し不安げな顔。
魔理沙にはどんな言葉を待ってるか大体の見当はついた。
でも、敢えて自分からは言わない。
「どうかしたか?何か言いたいことがあるなら早く言わないと飛んでっちゃうぞ?」
風奈は宙に浮いている魔理沙に対して上目遣いで
「また、この森に来てくれる…かな?」
少し戸惑った後、聞く。
魔理沙は少しの間考えこんだ後こう答えた。
「そうだな、今のところその予定は無いからな。もう来ないかもしれない。」
その言葉を聞いてがっくりと肩を落とす風奈に魔理沙は付け加えた。
「会いたいんなら魔法の森にまで来いよ。特別サービスで森の案内もしてやるさ。」
は?というふうに持ち上げられた顔はすぐに最初と同じ、笑顔に変わった。
やられた、というような苦笑い。
魔理沙もにかっと笑って見返してやる。
「じゃあまた今度襲撃するからね!首を洗って待っててよ!」
「おっけ、望むところよ。楽しみにしてるからな。」
「あ、御飯も用意しておいてね?」
「うーん、それは神社の方に頼むことになりそうだぜ……」
−7−
一人森の上を飛ぶ魔理沙。
その身に思いっきり月の光を浴びて機嫌良さそうに伸びをしている。
と、手放し運転のせいかどうかは知らないが箒と共に一回転した。
見事なバレルロール。
もう一回しようとしたが、バッグの中の荷物が落ちそうになって慌てて止めた。
「うーん、やっぱり森の外は空気が綺麗でいいわ。カード一回分の価値はあるな。」
気分が良いと魔理沙はバレルロールするらしい。
もし幻想郷に遊園地があれば真っ先にジェットコースターを乗りまわしているだろう。
いや、魔理沙にとっては絶叫マシーンのスリルなどいつでも味わえるからそもそも乗らないかも
しれない。
今も猛スピードで飛びながら大回転しているのだから多分間違いない。
ちなみに、バッグの口は硬く閉じてある。
で、なぜ森の上を飛んでいるのかというと…
風奈から「花のあるところは森が開けてるから上から見てもわかるよ。」という情報を聞いたか
らだった。
詳しい位置も聞いていることだし、それならば森の上を飛んだほうが早いと踏んだのだ。
「しかし、それだけ目立つなら他の蒐集家が採っててもいい気がするな。何か裏がありそうだぜ」
現場に着くまではもう少し時間がありそうなのでそのことについて予想してみた。
予想その一。
パリンと割れるバリアーが張られていて採れない。
「……そんな魔法誰が使うんだ?却下だ。」
予想そのニ。
この世とあの世の両方に位置していて両方を同時に取らないと取ることが出来ない。
「幽霊なんてその辺にうろうろしてるしな……ダメか。」
予想その三。
自然保護団体が護っていて近づくことすら出来ない。
「風奈はそんなのいないって言ってたしな……と、あそこか。」
少し先、木の枝と蔦と枯れ葉が張り巡らされた森にぽっかりと綺麗な穴が空いていた。
「綺麗に空いてるな。まるで誰かが掘ったようだぜ。しかし……」
間違い無い。
はっきりと流れが見える。
穴から出ていく魔力は花が放つもの。
穴に入っていく魔力は月から花への贈り物。
「今日はお月様も綺麗だし、絶好の収穫日和だな。」
流れに沿うように穴の中に入っていく。
月の光の世界から厚い地層のような枝間を過ぎて森の中へ。
高く高く伸びた木の幹と、その合間に広がる黒の絵の具のような暗闇が再び姿をあらわす。
しかし、先の見えない深い深い黒の中でそこだけがライトを当てられているかのように明かった。
ふわり、と草むらの上に着地する。
風奈の言った通りの場所。
あそこから『西に1721歩。南に2482歩行ったところ』に確かにその花はあった。
身の丈2尺はあろうかというような大きな花がそこにあった。
「これが……」
幻想の花。
花はまだ蕾の状態でしっかりと閉じており、それは魔力を蓄えている様である。
しかし、蕾の状態でも人々を魅了するような美しさがあった。
これならばこの花の魔術的な価値なぞ知らなくとも、有名になるのも頷けた。
そして
「で、あんたは誰だい? どうもこの花を見に来たような風には見えないんだが。」
「そう言うあなたは誰ですか? 何故かこの花を見に来たようには見えませんが。」
花の傍らには少女が座りこちらを見ていた。
「風奈の奴、保護団体はいないって言ってたのにな……騙されたか? あー、個人じゃ団体とは
言わないって、そういうことなのか?」
「ちなみに私、保護団体の人間ではありませんし保護個人でもありません。」
「んー?……そうか、そういうことだったのか! なるほどな、花の精は保護団体じゃないわ。
自分自身なんだから。」
「そういうことですね。はじめまして、私はリネッタと呼ばれてます。」
風奈はこうなることを知っててあえて言わなかったんだろう。
多分理由は、その方が面白そうだからとか、そういうかんじのことだろう。
なかなか粋な計らいをしてくれる。
……それが嬉しいかどうかは置いておくとしてだ。
「えーと? その様子では密猟者なんでしょうか? 確かに私たちは高値で取引されてますけ
ど……」
「違う。私は蒐集家だから乱獲で絶滅で裁判沙汰なんて最悪なコンボは組まないぜ。」
「ふむふむ、そっちの方でしたか。……どちらにしても私を狙ってるのには変わりないじゃない
ですか。」
「そこは違わないな。山火事より明らかだぜ。……ここは森だから森林火災か?」
じりじりと間合いを詰める。
機を見て一気に縛り上げるつもりなのだろう、魔理沙の手には頑丈そうな糸があった。
リネッタはどうしたものかと動かない。
「抵抗しないのか?ならこっちから行くぜ。」
言うと同時に飛びかかる。
いや、飛びかかる方が言うより早かった気がする。
リネッタは後ろに飛んで逃れようとするが、いかんせんスピードでは魔理沙に分がある。
じたばたと抵抗するがそれも時間稼ぎにしかならず、あっけなくリネッタはぐるぐる巻きにされ
てしまった。
「うう、やけにあっけなく極められてしまいました。」
「手際のよさが自慢だ。ちなみに、その糸は特製だからいくら足掻いても抜けられないぜ」
その言葉を聴き、慌てて体をくねらすリネッタ。
何か色々と試している様だが、リネッタの体がくねくねするだけで何も起こらない。
「だから抜けられないって。私だって抜け出すのに三日かかったんだからな。」
「うー、こんなに細い糸なのにー!」
「じっとしといてもらうぜ。お前は私がいただいた!なんてな。」
動けないリネッタに背を向け、悠々と歩いて幻想の花に近づいていく。
花自体は動くことはできないのだろう。
抵抗するような気配は無く、ゆらゆらと月の光に照らされている。
と、後ろから魔理沙に糸がかけられる。
ん?と思った次の瞬間にはマッハで穴の外まで上昇していた。
音速を越えたため、衝撃波の影響でちょっとだけ穴の直径が広がってしまった。
「なななな、なんで抜け出てるんだ!?」
「えーと、なんででしょうね。それは企業秘密ということで。」
リネッタも魔理沙を追って穴の外に上がってくる。
ふふっと笑みを浮かべて余裕の表情である。
もちろん、リネッタを縛っていたはずの糸は綺麗にまとめられてリネッタの手の中にあった。
強引にちぎられたような様子は全く無い。
「なんか、近頃信じられないことだらけで困るわ。……魔法使いの言うことじゃないかも知れな
いけど。」
「幻想は私の専門科目ですからね。魔法使いにもそうそう真似できませんよ。」
「文字通り、一筋縄じゃいかなかったな。」
「……これ、糸。」
「ん?そんなことはないぜ?よーく目を凝らして見てみな。」
「え、ほんと?んー……?」
ぼげん
なんの前触れもなく糸が爆発した。
じーっと覗きこんでいたリネッタは顔に直撃を食らっている。
「……けほっ。」
「くくくっ…こんなこともあろうかと!ってやつな。あーおかしい。」(笑
むすーっとした顔を上げる。
顔はすすだらけ。
これって、花の精?という感じだ。
「さ、こうなったら力ずくで何とかしてやるぜ!」
「むむむ、あんたを倒して私の下に埋めてやるー!養分になりなさーい!」(怒
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